Introduction(背景と目的)
1. デジタルサービスにおいて、リアルなつながりをどう強め、共感の輪を広げることができるか。
ココヘリは「遭難」という非常に現実的な課題に向き合う一方、ユーザー体験の多くはWEB、メールなどのデジタル上で完結します。イベントなどでユーザーとの不定期な接点はありましたが、サービスを次の段階へ進化、成長させるには、より確かな“ユーザー理解と共感の基盤”を必要としていました。
また、組織の成長にともない、バックオフィスを含む多くの部門でアウトドア経験の少ない社員も増え、事業フィールドへの理解が徐々に少なくなっていると感じていました。社内全体に事業への理解と共感を広げ、同じ方向を向いて進める強いチームづくりも欠かせない課題になっていました。
こうした背景を受け、「リアルなつながりをどう強めていくか」を中心テーマに据え、取り組みを進めてきました。単発のリサーチやイベントにとどまらず、共感が広がり、社内外に安心の輪が育っていくようなコミュニティを長期的に育てるプロジェクトとして位置づけ、推進を行いました。
Methods(方法)
2. リアルフィールドとサービスをつなぐための段階的アプローチ
デジタルだけでは捉えきれないユーザーの実感や行動を理解するために、私たちはリアルなフィールドに向き合う取り組みを段階的に進めました。山で過ごし、人と出会い、そこで得た学びを積み重ねていくリアルな実践型プロセスです。取り組みは次の4つの段階に分かれています。
- Phase 1:Field Along 「山側で働く」事から始める
- Phase 2:Grounded Vision, Growing 現場実践からのビジョン策定
- Phase 3:Community Prototyping コミュニティ拠点の立ち上げ
- Phase 4:Co-Creation Expansion 共創の場としての発展

コミュニティデザイン/サービスデザインによるアプローチ
指針としたのは「コミュニティデザイン」「サービスデザイン」の視点です。会員型サービスの広がりを1つのコミュニティと捉え、ソフト/ハード的なデザインを通じてユーザー・地域の人・スタッフが自然に出会い、言葉を交わし、関係を育てていける場が少しずつ形づくられていきました。
さらに、例えばエスノグラフィ型のフィールドリサーチ活動、ビジョン構築、組織への組み込み、等々。たとえばビジョン構築ではバックキャスティングを用いることが多いですが、リアルなフィールドでのつながりを重視しフォアキャスティング型で行うなど、スタートアップの事業成長に役立つか、絵に描いた餅にならずに実践できるか、という視点を重視し、これまで行なってきたサービスデザインをアレンジしながら取り組みました。
コミュニティデザインとは コミュニティにおいて、かかわる人たちが自分たちで課題解決力を高められるよう、場づくりや仕組みづくりをデザインの力で支援すること。 人と人がつながることを目的に、施設や空間といったハード面だけではなく、ワークショップやイベントなどソフト面もデザインすることで社会における関係の形成を促す社会的な活動のかたちである。 IDEAS FOR GOOD
サービスデザインはデザイン思考をサービスに適用し、話すだけでなく、実行することにフォーカスしている。サービスデザインが有益なのは、社員やマネージャーの意識をまさにユーザー中心に変革できるからだ。 THIS IS SERVICE DESIGN DOING
Results(結果)
3. フィールド実践の積み重ねが生んだコミュニティの形成
Phase 1:Field Along「山側で働く」事から始める。

最初のステップは、私たち自身がサービスが提供されるリアルな場「山」で過ごす時間を増やすことから始まりました。デザイナー、セールスを含む3名の小さなチームで、高尾山の麓にある「Mt.TAKAO BASE CAMP」に定期的に訪れ、山側で働く。この小さな一歩から始めました。
施設への滞在を通じて、地域で活動する登山者、トレランランナー、メーカー、地元の商店街、飲食店の事業者、建築家、デザイナー、ミュージアムの学芸員等々。山側の感覚を養い、次の活動に繋がる基盤となるつながりが生まれました。
高尾山の魅力に引き込まれたフィールド体験
滞在中は頻繁に山へ足を運び、さまざまな登山者と話すことで、自然とフィールドに触れる時間を日常に取り入れていきました。多様な登山ルートを歩き、高尾山は初心者向けの山というイメージから、中上級の登山者も訪れる場所であり、トレイルランナーにとってもアクセスの良い練習場になっていることを知りました。ナイトハイクでムササビを観察したり、高尾山信仰の中心である薬王院へのお参りを通じ、高尾山の奥深い魅力にどんどん惹かれていきました。
Phase 2:Grounded Vision, Growing 現場実践からのビジョン策定

Phase1で生まれた関係を基に「山の安心」を一緒に広げていく取り組みを始めました。私たちはこれを「TAKAO SAFETY PROJECT」と名付け、安心・安全について改めて考えるきっかけをつくる活動を展開。緊急時に使うツールを啓蒙する動画制作、高尾を拠点に活動する登山者やトレイルランナーの方達とのトークイベント、さらに、山岳ガイドと共にムササビ観察を楽しむナイトハイクを企画したり、ジュニアトレランチームへのサポートを行うなど、地域と共にさまざまな取り組みを企画・実施しました。
こうしたリアルな接点が積み重なったことで、ユーザー・地域・スタッフが交わる場面が少しづつ増え、安心を軸としたコミュニティの輪がさらに広がっていきました。
はじめての山で、はじめての安心

高尾山は多くの人にとって、初めて登った山なのではないか。その後、改めて戻った際に、初めての登山に向かう緊張感、ワクワク感といった初心を思い返し、安心安全を考えるきっかけとしてほしい。そうした想いを込めて「はじめての山で、はじめての安心」というコピーとともに、高尾でアクティビティを楽しむ全ての人が安心安全に楽しめる姿を描いたビジョンマップを制作。プロジェクトの指針としました。いわゆるBackcastingのようにビジョンを大上段には準備せず、さまざまな施策を行いながらユーザーのフィールドに根差し、協力者とともに形作っていく手法が重要なポイントでした。
Phase 3:Community Prototyping コミュニティ拠点の立ち上げ

Phase 1・2で築いた関係性がきっかけとなり、高尾山の登山口近くにある物件を約2ヶ月利用させてもらえる機会が生まれました。私たちはこの場所を、登山者と直接つながる場「 COCOHELI TAKAO」と名づけ、コミュニティを作るためのさまざまな取り組みを実装するプロトタイピングの場として整えていきました。綺麗に作り上げるのではなく、手作りで実装しながらの拠点づくり。その事でプロトタイピングを容易にすることを選択しました。
エイド・イベント・ツール・展示という4つの切り口から、サービスのコアな価値である「安心の輪」を意識してもらえるような施策を企画、実践。山岳ガイドの使い込んだツール類を期間限定で展示、ユーザーの写真を壁面へストックする取り組み、ツールのレンタルなどさまざまな施策をトライアル。また、高尾山ハイキング、トレラン、緊急時の対応等のテーマで多種多様なイベントを開催しました。

コミュニティ拠点としての成功

様々な施策、イベントは多くの登山者の興味を惹きつけ、見込みを大きく超える来場者が訪れる結果となりました。さらに、営業拠点とはしたくないとの想いからあえてKPIからは外していた「拠点を通じてのサービスへの入会数」についても、訪れる人がその友人に自然と勧めてくれる広がりを見せ、コミュニティ拠点が事業の成長にも大きな力を持つことを結果で示してくれた。
写真はマーケティング部門から出たアイデアを実装した取り組み「イマココ」。安心を考えるはじめの一歩として、ユーザーがこれから下山することを家族に伝える様子の写真を撮影させてもらった。会期後半には壁面を埋め尽くすほどの分量となり、自分の写真を探しに何度も拠点を訪れてくれるユーザーも頻発するほどに。
アウトドア経験の少ない社員とフィールドとのつながり

背景で触れた「事業フィールドへの理解」を深める取り組みとして、全社員に向けて拠点の開設をアナウンスしたところ、セールスに限らず、カスタマーサポート、財務、SCM などバックオフィスを含むすべての部門から、社員の8割以上が拠点での活動に参加しました。参加者には、拠点での業務体験に加え、高尾山への登山もセットで実施。対話と体感の両面から、サービスの背景にあるフィールドへの理解を深める機会となりました。
なかでもカスタマーサポート部門の満足度は高く、日頃は電話やメールを通じて接しているユーザーと、現地で直接顔を合わせ、言葉を交わすことで、参加した社員からは、 「山頂まで登りきったときの爽快感を味わって、普段やり取りしているユーザーも、こういう体験をしているのだと実感した」「たくさんの笑顔に触れて、自分たちのサービスがこんなにも誇れるものなのだと、素直に思えた」といった声が寄せられました。
生まれた新たなつながり
店長には、Phase-1 から継続して関わってきた社員を抜擢しました。わずか2ヶ月という短期間ではありましたが、「拠点を持つ」ことの効果は大きく、地域団体や公的機関、メーカーなどとの新たなつながりが生まれました。さらに、こうした活動を通じて、常設拠点に向けたスペース提供の機会も得ることができ、次の展開へとつながる具体的な手応えを得る結果となりました。
Phase 4:Co-Creation Expansion 共創の場としての発展

Phase 3での実証的な取り組みを経て、コミュニティ拠点を近隣スペースへと移転、常設拠点としての運営フェーズへと移行しました。体制も、これまでの社内メンバーによる応援という形から、専属スタッフを配置。これまでに築いてきた地域との関係性や、山岳ガイド・協力者とのつながりを基盤に、定常的なイベントやワークショップをプログラム化しました。

コラボレーション、リサーチによる拠点機能の拡張


これまでは自前でのプロトタイピングを行っていた展示を、共創を通じて価値を広げる取り組みへ進化。MILLET、ARC’TERYXなどのアウトドアブランド、メディア、SNSインフルエンサーと連携し、「安心・安全」を共通テーマとした展示や企画を展開しました。既存ユーザーにとっては新たな学びや参加動機が生まれ、同時に、サービスをまだ知らない層との接点も拡張していきました。
また、リサーチ機能として、来場者やユーザーの反応・会話・気づきをデジタルに記録し、内容を整理・共有することで、リアルな場で得られる声を一過性のものにせず、サービスや体験へ還元していくことで、拠点は共創企画とフィードバック収集を両立する運営拠点としての性格を強めていきました。
Conclution(結論)
5. リアルなつながりのデザインが支えた、コミュニティと事業の広がり
デジタルサービスにおいて、リアルなつながりをどのように育て、共感の輪を広げていけるのか。本取り組みは、その問いに向き合い続ける中で生まれた実践の積み重ねでした。
時間軸としては、2021年に始まった「山側で働く」Phase 1から、少しずつ活動を広げ、2023年にPhase 3となるコミュニティ拠点の立ち上げへと至りました。その後、2024〜2025年にかけて、拠点は共創の場として発展していきます。
振り返れば、山側で働き始めた当初は、「いつか拠点が持てたらいいですね」と半ば雑談のように話していた程度で、その先の展開を具体的に描いていたわけではありませんでした。むしろ、明確なゴールを定めず、フィールドに身を置き、目の前の関係性を一つひとつ積み重ねていったからこそ、結果として拠点の立ち上げやコミュニティ形成へとつながっていったように感じています。
リアルなつながりが会社へ与えた影響
Phase 3、4ではバックオフィスを含めた多くの社員が拠点でユーザーと触れ合い、高尾山でのアクティビティを体験するようになりました。
参加した社員からは、 「山頂まで登りきったときの爽快感を味わって、普段やり取りしているユーザーも、こういう体験をしているのだと実感した」「たくさんの笑顔に触れて、自分たちのサービスがこんなにも誇れるものなのだと、素直に思えた」といった声も。
スタートアップにおいて組織が大きくなるにつれて、事業フィールドへの理解が薄れていくことは避けにくい課題です。拠点での体験は、ユーザーの時間や気持ちを想像する視点が芽生え、「自分たちの仕事が何につながっているのか」を手触りで捉え直すきっかけになりました。そうした小さな意識の変化をつくれたこと自体に、この取り組みの価値があったと思います。
リアルなつながりのデザインが事業成長にもたらしたもの
拠点での活動を通じて印象的だったのは、共感が共感を呼び、自然に人が人をつないでいく場面が多く見られたことです。Phase 3では、あえて営業的な訴求を前面に出すことはしませんでしたが、結果として拠点をきっかけにサービスへの入会が増え、ファンとなったユーザーが他のユーザーに勧めてくれる姿も多く見られました。
こうした経験を通じて、リアルな場で育まれた関係性や信頼が、コミュニティの広がりだけでなく、サービスの改善と成長にも静かに影響していくことを実感しました。小さな実践の積み重ねが、結果として大きな循環を生み出していく。そのプロセス自体が、本取り組みを通して得られた重要な気づきでした。

